冷やし中華、牛タン、フィギュアスケート…仙台発祥とされる食べ物・出来事を調べてみた!

やあやあ、仙台在住の鷹h氏(@noaru_takahshi)だよ。

仙台に住んでいるとどうしても気になることがあります。

それはやたらと「仙台発祥」を主張したがる気質。特に冷やし中華食べてるとすぐに言うんだよね。

あとはフィギュアスケートとか、炉端焼きとかね。仙台発祥のモノ多すぎじゃない??

宮城・仙台にはご当地発祥のモノがあるとされていますが、その中には意外なものや、本当なの??とかなり疑問符がつくものまで!!

…とはいえ、日本全国を見渡せば、ご当地発祥のモノって多く存在します。

国産ガラス発祥の地は大阪だったり、国産コーヒー発祥が長崎だったり、日本のトライアスロン発祥の地は茨城だったりね。当時の人々が生存しているわけではないので、真偽の程は分かりません。。。

今回は、そんな宮城・仙台発祥だとまことしやかにウワサされているものについて調べてみたので、メモしておこうと思います。



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仙台発祥らしいモノ9選!

なんと調べてみたら9個も見つかりました!さて、この中であなたはいくつご存じでしょうか。。。

1.日本のフィギュアスケート

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仙台市博物館の入り口に「五色沼」と呼ばれる小さな池があります。

ここに、五色沼の南縁に 男女ペアのスケーターの像と「フィギュアスケート発祥の地」と 書かれた碑が建っています。本当かなと思って調べてみると、

「五色沼」は 元・青葉城五色沼が造られた江戸時代は小氷期にあたり、少なくとも戦前までは現在よりも気温が低かったため、冬期に五色沼は凍結していた。そのため、五色沼は仙台市のスケートの中心地として賑わった。現在は、厳冬期に一部に薄氷が張るものの、人がのるには不充分であり、スケートをすることは出来ない。

明治以降、日本各地にスケートが伝わったが、五色沼では、

  • 1890年(明治23年)頃、仙台在住の外国人がスケートを始めた。
  • 1897年(明治30年)頃、米国人デブィソンが子供達にフィギュアスケートを教えた。
  • 1909年(明治42年)頃、(旧制)第二高等学校(地図)の生徒が、ドイツ語教師ウィルヘルにフィギュアスケートの基本を習った。

日本ではじめてスケートが行なわれたのは札幌で、1877年(明治10年)札幌農学校のアメリカ人教師ブルックスが紹介したのが発祥だと言われています。

しかし、フィギュアスケートとなると、1890年の仙台が発祥のご様子。フィギュアスケートとは、スケートですべって幾何学模様を正確に描くという意味のようです。

よくよく考えてみると、本田武史選手、荒川静香選手、田村岳斗選手、荒井万里絵選手などなど、仙台からはフィギュアスケートのオリンピック選手が次々と誕生していますね!

これらの選手を育てたのが長久保裕コーチで、彼らが練習を重ねていたのが泉区にあるアイスリンク仙台(旧オレンジワン泉、コナミスポーツ泉・スケートリンク)です。

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そして、なにを隠そう氷上の貴公子・羽生結弦くんもこのリンクで4歳からスケートを始めています。

仙台市はフィギュアスケート王国と言ってもいいんじゃないでしょうか!!

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2.牛タン

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県外の人に宮城・仙台のイメージについて尋ねると、「牛タン!」と回答されるほど有名な牛タングルメ。

私も仙台出身ですが、これには結構違和感があります。仙台人って牛タンを良く食べてる、と思われがちですが、全然常用食ではなく、むしろほとんど食べることがないです。むしろ旅行で来てる人のほうが余裕でたくさん食べてます。

飲食店由来のわりと最近の名物で、地元のおじいさんおばあさんだと余り食べたことがない人も結構いるはず。

調べてみると、やっぱり昔から地元で愛されてきた食べ物ではなく、牛タンが食べられるようになったのは戦後のこと。だって、仙台で食べている牛タンって大体アメリカ産かオーストラリア産だもんね。

発祥当時は闇市(現在の仙台朝市)で屋台営業をしていて、そこでは単に「牛焼肉」として売られていて牛のベロであることをお客に伏せていたそうです。他の地域では牛のベロは捨てていたんでしょうね。。

当初、地元ではそれほど人気のある食べ物ではなかったものの、仙台への転勤者や旅行者の間でその美味しさが評判になったことや、テレビやラジオなどでヘルシーな食べ物と紹介されたことで、全国的な知名度を獲得していったそうです。

仙台発祥?と言えるのかは若干怪しいですが、現在の知名度から言えば仙台のご当地グルメと呼べるのでしょうね!!

3.冷やし中華

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何となく、中華街のある横浜や、南の方の暑い地域で生み出されたように思ってしまう冷やし中華ですが、その発祥は意外にも仙台らしい。

“冷やし中華発祥の店”として知られる仙台の中華料理屋「中国料理 龍亭(リュウテイ)」の公式ホームページによると、「冷やし中華」を開発したのは1937(昭和12)年となっています。

涼拌麺(リャンバンメン)、今から七十年以上も前、初めて世に出た冷やし中華はこう名付けられました。

当店「龍亭」の創業者四倉義雄の資料によると「昭和十二年、全国の業界に先駆けて、涼拌麺を開発し…」という記録が残されております。

当時の中華料理店では、現代とは違い冷房などもなく、油っこく熱いというイメージの中華料理は敬遠されがちで、夏場の売り上げ減はとても厳しく深刻なものでした。

そこで、暑い中でも食べて頂ける冷たい麺料理の開発に取り組んだのです。夏バテ防止に栄養のバランスを考え、野菜をふんだんに使い、食欲増進に酸味を加え、試行錯誤の末に考案されたのが《涼拌麺~冷やし中華》でございます。

しかし、東京の神田神保町にある明治39年創業の老舗中華料理店「揚子江菜館」にも冷やし中華・元祖説がある様子。

龍亭は昭和12年に夏に客足が遠のく対策で作ったそうですが、揚子江菜館は昭和8年に上海料理の涼拌麺とざるそばをヒントに作り、盛り付けは富士山をイメージしたそうです。年代は揚子江菜館の方が古いですが、戦前の古い話ですし一概に決めらつけられないのが元祖説の難しいとこ。

まあ、どっちが元祖であっても冷し中華は素晴らしい発明!「龍亭」は今も営業中で、冷やし中華を1年中食べることができます。

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4.回転寿司

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みんな大好き回転ずし。

回転寿司も仙台発祥であるらしいとの説が。機械は大阪発祥だが、店は仙台発祥?

wikipediaによれば、回転寿司の正確な歴史とされているものは以下の通り。

大阪の立ち喰い寿司店経営者・白石義明が、ビール製造のベルトコンベアをヒントに、多数の客の注文を低コストで効率的にさばくことを目的として「コンベヤ旋廻食事台」を考案し、1958年、大阪府布施市(現・東大阪市)の近鉄布施駅北口に最初の回転寿司店である「元禄寿司」(元禄産業株式会社)を開いた。「コンベヤ旋廻食事台」は、1962年12月6日に「コンベヤ附調理食台」として白石義明の名義で実用新案登録(登録第579776号)されている。

西日本で店舗展開していた元禄寿司に対して、宮城県の企業(現在のジー・テイスト「平禄寿司」)が東日本での元禄寿司の営業権契約を獲得し、一号店の誕生から10年後の1968年、仙台市に元禄寿司のフランチャイズ店が開店した。

元禄産業によると、これが「東日本で初めての回転寿司店」だという。

1970年に開催された日本万国博覧会に元禄寿司が出展し表彰されると一気に知名度が高まり、従来の寿司店の高級化傾向に対し、廉価さ、手軽さ、会計の明朗さで大衆客のニーズをとらえた。

1975年には、北関東の元禄寿司フランチャイズ事業者(元気寿司の前身企業)が郊外への出店を始め、これが郊外型店舗が増加するきっかけとなった。1970年代以降、元禄寿司のフランチャイズは全国的に広まり最盛期には200店を超えた。

さらに、1978年に「コンベヤ附調理食台」の権利が切れると、現在の大手となる企業など新規参入が相次ぎ競争が激化。また元禄寿司をフランチャイズ展開していた企業も、自前の店名ブランドを掲げ独立していった。

東日本において「回転寿司は仙台発祥」説が根強いのは、白石氏の特許が切れるまでの20年間、日本に回転寿司は元禄寿司しかなく、東日本の人にとって元禄寿司は仙台の会社だったからということですね。

なので、本来の回転ずしの発祥は大阪!これは間違いない!!

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5.炉端焼き

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釧路の炉端焼きが有名なことから発祥も釧路と思われがちですが、実は仙台が発祥らしい。

戦後占領期の1950年(昭和25年)7月2日、大崎八幡宮の御神酒酒屋・天賞酒造(当時の仙台市八幡町)の三男・天江富弥が、同社の日本酒の販路拡大を企図して、仙台花柳界の中心地・本櫓丁(現在の歓楽街「国分町」の一部)に開いた郷土酒亭「炉ばた」が「炉端焼き」の発祥の店とされる。店名の「炉ばた」は林香院の住職が命名した。

国分町にある、その名も「炉ばた」という店の中で、野菜を囲炉裏で焼いて出していたのがその始まりなのだそう。

その後、「炉ばた」店主の弟子が、釧路で「炉ばた」という店を開き、野菜に加えて、釧路名産の魚介類も焼いて出すようになったことで全国的な知名度を得るようになっていきました。

仙台の「炉ばた」も、釧路の「炉ばた」も、創業50年以上経った今でも営業中!!

ただし、仙台の「炉ばた」は、現在炉端焼きのお店ではありません。長いしゃもじで運んでくれるのはお酒だけなので、炉端焼きを期待して訪れないよう注意するように!

6.国産ハンバーガー

ハンバーガー自体はアメリカが発祥なので厳密には違いますが、日本国内でのハンバーガー発祥地は、仙台!?

早速wikipedia先生を見てみると、

第二次世界大戦後に佐世保に駐留した米軍を通じて、本格的に日本にハンバーガーが持ち込まれたとされている。連合国軍最高司令官総司令部に接収された三信ビルディングに1948年秋に開店したレストラン「ニューワールドサービス」で提供されたほか、1950年代には佐世保の米軍基地周辺で売りだされたと言い伝えられている。

なんだ、発祥は佐世保じゃないか!!

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確かに事実はそうなんだけど、仙台市内に今もある「ほそやのサンド」では、1950年の創業当時からハンバーガーを販売していた。そして、今なお健在なのだ!!

日本で最も古くから営業しているハンバーガーショップなのである!

佐世保のハンバーガー屋さんは具体的な店名の記録がなく、ほそやのサンドは「国産バーガー発祥の店」を名乗るに足る歴史を有しているといえるかもしれません。

7.レゲエパンチ

ここから急にローカル感が出てきますが、甘くスッキリとした味で飲みやすく、男性だけではなく女性にも人気がある「レゲエパンチ」も仙台発祥。

1991年(平成3年)(1989年頃との説もある)、仙台市の歓楽街である国分町のショットバー「サウサリートカフェ (Sausalito Cafe)」のバーテンダー・黒澤亮一が、酒の苦手な常連の女性客のためにつくったのが最初とされている。この女性客が、当時流行していたレゲエミュージックのファンだったため「レゲエパンチ」と命名された。その飲み口の良さや簡便な製法がうけ、国分町の飲食店の間に広まった。

若者の間に爆発的に広がったのは、1990年代後半の(ダンス)クラブブームの時で、踊ってのどが渇いたところでバーで頼む飲み物として市民権を得た。すなわち、汗をかいたからといって安易にビールを飲むと腹が張ってだぶついてしまい、一晩中踊るような時には都合が悪いが、レゲエパンチならそのようなことはなかったからである。このような背景もあって、地元仙台では、短期間のうちに非常に知名度の高い飲み物となった。

とのことらしい。

確かに仙台だと飲み放題メニューでもレゲエパンチがあったりする。馴染みの味なんだろうね!

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8.ホヤ養殖

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独特の風味が特徴で、好む人を選ぶ上級者向けの珍味と思われがちな「ホヤ」。宮城の人は全国でもホヤを日常的に食べると思っているきらいがあります。

ホヤ食自体の歴史は古く、約1000年前の平安時代前期から愛されていたという記述も残っているほどですが、養殖は、約120年前、宮城県の唐桑村(現気仙沼市唐桑町)で始まりました。ホヤを表す漢字は、「海鞘」「保夜」「火屋」「老海鼠」「火焼」など豊富にあり、日本人にとって古くから親しまれてきた食材だということをうかがい知ることができます。

宮城県は、ホヤの生産量が全国トップ(シェア約80%)、さらに消費量も全国トップを誇ります。

味の決め手は、“鮮度”。鮮度が良いものは甘みがあり爽やかな味わいで、海そのものを食べているかのようです。鮮度が悪いとちょっと癖が強すぎて食べにくいんだけどね。

流通網と鮮度保持技術の発達で、広い範囲で鮮度の良いホヤを味わうことができるようになっています!

9.はらこめし

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これは完全な郷土料理ですが、「はらこめし」ってどれくらい全国の知名度があるんでしょうか。

「はらこ飯」の「はらこ」はその名のごとく「鮭の腹子」のこと。秋から冬にかけ宮城県沖で水揚げされる「天然秋鮭」を使った宮城県の郷土料理です。

作り方は鮭の身を甘辛く薄味で煮込み、その煮汁でごはんを炊き、最後に炊いたごはんを丼にのせ、その上に柔らかく煮込んだ鮭の身と、この子供であるイクラをのせます。まさに鮭だけを使った鮭の親子丼が「はらこ飯」です。

これは本当に美味い!

江戸時代、鮭の漁が盛んな宮城県亘理町に時の領主「伊達政宗」が訪れた際、地元の人々が鮭とイクラを使った「はらこ飯」を献上したところ、大変美味な味に驚いたと言われています。以来、はらこ飯は宮城県亘理町の郷土料理として発展しました。

仙台に来たら是非一度食べてもらいたい一品です。

最後に!!

以上、仙台発祥とされるものの真偽について確認してみました。

意外な事実も多く、仙台発祥のモノは、仙台市民にも意外に知られていないということがよくわかります。

もし仙台人にあったり、仙台旅行をした際には、これらのうんちくを語ってみてはいかがでしょうか!!きっと盛り上がると思いますよ!!


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鷹h氏 (@noaru_takahshi) の戯言

鷹h氏
後半はご当地グルメっぽくなってしまいましたが、どれも美味しいものばかりなので、是非ご賞味あれ!!

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