300記事書いて気づいた個人ブログがネットに情報発信するリスクとリターン

やあやあ、能ある鷹h氏(@noaru_takahshi)だよ。

この記事を以て、ようやく当ブログの記事数が300記事になりました!

前回の250記事更新が2016年10月だったので、4か月くらいで50記事書いた計算になります。3日に1記事くらいのペースですね。

「個人ブログ」というメディアが社会的に面白いと思う6つの理由!

2016.10.23

0記事から振り返ると約1年半くらいでしょうか。「とにかく長かったなあ…」という印象です。

特に250記事から300記事まではアクセスの乱高下やプチ炎上など、色々あった気がします。

当ブログの半分以上の記事は、ほとんどの方に読まれていない記事だと思いますが、それでも最近は記事に対して以前よりも多くのコメントをいただけるようになりました。

書いた記事に反応をいただけるのは喜ばしいことです。

批判コメントがあったとしてもそれは記事が読まれているから生まれるものであって、記事が全く読まれない寂しさに比べれば全然嬉しい話だと思っています。

しかしながら、若干でも当ブログに注目されることがありがたいと思う反面、毎日のようにどこかで誰かがネット炎上している現在のネット環境を鑑みるに、ネットの公共空間に何かを発信するということは相当リスキーなのだという実感が最近じわじわと湧いてきています。

今回は300記事に到達したことの節目として、これまでのブログ運営の反省も踏まえ、日本のネット社会にて「個人ブログを書く」という“意味”について考えてみたいと思います。

若干暗めの内容ですが、病んでいるわけではございませんのでご心配なく!笑



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300記事書くのは大変

よく巷のブログ運営論には「記事数」が成長のカギとなると書かれています。

Number333の場合はストックが300記事を超えたあたりでアクセスが爆発的に伸びました。ある程度安定的なアクセスを望むなら少なくとも100〜200記事は必要になってくると思われます。

引用元:1年と3ヶ月で月間100万PVを達成した僕の”超”具体的なブログ運営方法。|monograph

僕はSEO対策をしながらブログ運営をしてきましたが、ブログ開設初期は、やはり検索流入はほとんどなく、SNSでのシェアや、ランキングサイトからの流入がメインでした。それが、ある時期を超えて一気に検索流入が増え始めました。

僕の場合、それがブログ開設2カ月、そして記事数が100記事でした。

引用元:SEO効果が出るのはいつ?ブログの場合、目安は100記事&2カ月|ブログマーケッターJUNICHI

これについては人それぞれ記事の内容が異なるので、当然様々な意見があるかと思います。

私はここまで爆発的にアクセスが増加した経験はありませんが、普通に考えると「記事がたくさんある=ブログへの入り口がたくさんある」ということなので、ブログ成長にとって記事数はあるに越したことはないですよね。

しかしながら、記事を増やせ!といっても言うは易しですが、結構大変です。

記事を量産するということの大変さは、「継続して書く」難しさと「内容を考える」難しさがあると思います。

「継続して書く」ことについて

当ブログの1記事の文字数は平均して、3,000~4,000字といったところでしょうか。

文字数は3,000文字前後といえども、自分の伝えたいことを誠意を持って人に伝える記事を書こうとすると、何度かの推敲も含めて結構な時間がかかります。

時間は有限なので、1日に何時間も記事作成に時間を割けるわけではないし、時間があってもやる気が起きないこともあるし、そもそも書くべき内容が思いつかないという日もあります。

そんな中で300記事を継続して書くのは大変です。

実際、50記事くらいまでは適当に文章を書くだけでもしんどかったし、150記事くらいまでは、書き方の型が決まらずに悩みながら書いていたし、250記事くらいまでは、やる気の減退によりつらい時期が続きました。

それでも「継続して書く」ということだけを目的として、更新を続けていましたが、とうとう250記事~300記事の間にネットリテラシーに欠ける記事を掲載して初めて「負のバズ(プチ炎上)」を経験してしまいました。

「内容を考える」ことについて

後述しますが、今、ネットに掲載する記事の「質」が問われていると思います。

私が負のバズを経験した際は、効率を求めるあまり、他の方のブログ記事をベースにして記事を作成し、それがあまりにも投げやりな内容の記事だったために、作者の方に多大なる不快感を与えてしまいました。これは真似された方の気持ちを考えれば本当に失礼極まりない行為です。

【謝罪】ブログ管理者としての反省と今後の運営方針について

2017.01.15

この先もネットリテラシーに欠ける行動をした可能性があったことを思えば、作者の方がこの件をSNSで指摘してもらったおかげで、自分の過ちに気づくことができて本当に感謝しています。

最近、過去記事をリライトしながら思うのですが、やっぱり少ない時間で書いた記事ほど内容も薄いので、よほど時間に余裕がある方や速筆の方でない限り、ハイペースの更新を続けることは、記事の質を保つという面で結構なリスクなのではと考えるようになりました。

この失敗を深く反省し、今後当ブログは「継続して書く」ことにこだわるあまり、雑な記事を増やすことがないように気をつけます。自分にしっくりきたテーマだけに絞って、ブログ記事を更新していくこととします。

「自分の言葉」でブログを書くことの難しさ

自分の行いを正当化するつもりは一切ありませんが、実は今、インターネットで人間の素直な感情を文章にすることは難しいと感じています。プチ炎上くらいのリスクは一般人でもカジュアルに存在するからです。

炎上のメカニズムはすでに皆さんご存知かと思いますが、SNS、特にtwitterのリツイートの影響力はとにかくすごい。リツイートは良い方向にも悪い方向にも拡散します(悪い方向は特に)。そして一度注目を浴びれば、人々が飽きるまでしばらく燃え続けます。

日経ビジネスでも「炎上」が取り上げられるくらい、誰がどこで燃やされるかは分からない世の中。たとえマイナーな個人ブログであったとしても、記事内容には細心の注意を払う必要があります。

ふとした個人的な感情の発露を記事として書いて、その意見を赤の他人に否定されることはメンタル防衛上避けたいし、世間的な道徳観に反する記事をアップした瞬間にSNSで炎上する可能性もあります。

炎上怖いならFacebookやmixiで日記でも書いてろ!という意見もあるかと思いますが、それでは多くの人に届きにくいし、実名SNSでなかなか書きにくいことを匿名のブログで書いているという面もあります。(当ブログは既に知り合いに多く知られていますが…)

特にアイドル系の記事に顕著だと感じましたが、素人が下手に自分の感想や意見を書いた記事を上げると大体批判的なコメントが付きます。

アイドルのファンからすれば、どこのだれだか分からない人間が偉そうに感想を述べていて、なおかつその感想がその人の共感が得られないとなると、その意見を排除しようという力が働くのでしょうね。

なので、他人の思い入れが強いものに対するレビューや感想は相当に気を使いますし、ひとたび適当なことを書けば、ブログ全体が炎上する可能性は格段に上がります。

SNSによって監視の目がいたるところにある現状では、なかなか「自分の意見」を書くということ自体がリスキーな世の中です。

監視されているからこそ無責任な記事が増える

そんなご時世なので、今、インターネットで堂々とブロガーとして活躍できるのは、

  • 突っ込みどころのなくオシャレで共感を呼ぶ記事をサラッと書けるカリスマ
  • きちんとした取材に基づいて記事にしていくプロ、あるいはプロ顔負けのライターさん
  • 絶対的な専門領域と実績を持つ専門家・学者
  • 他人の褌で相撲を取ることを恐れない不屈のアフィリエイター
  • 炎上マーケティングを繰り返すメンタル最強のブロガー

というようなことになるのではないでしょうか。

あとは、ニュースサイトとして事実だけを素早く多く発信していく方針もありますが、それは時間と手数の多さがモノを言う世界であり、個人ブログがその方面で活躍し、企業に情報力・信用力で勝つのは相当なガッツが必要だと思います。

逆に言えば、welqのようなキュレーションサイトみたいに誰かの記事をサクッと引用・編集して貼り付けるだけの簡単な記事なら、仮に炎上したとしても、全然傷つかない。そもそもそういう記事単体は燃やす価値もない。しかも、記事のボリュームはあるので、検索順位は上がっていく。

そんな理由もあって、無責任かつ無機質なネット記事が量産されるようになったんだと思います。

そしてそういう状況を踏まえていざ自らの記事を書こうとすると、周りの意見を気にするあまりいつの間にか自分の書いた記事が突っ込みどころがない代わりに、捉えどころも責任感もないフワフワとした記事へと変貌を遂げてしまうのです。

おーこわ。最近では自信がないとネット発信も出来ないのね!

頑張ったからといってアクセスが増えるとは限らない

さらに悲しい事を言えば、頑張って記事を書き続けて300記事に到達したからといっても、その記事をgoogle先生に評価してもらわないことには、ほとんど誰にも見てもらえません。これは地味に消耗します。

当ブログの訪問者は8割くらいネット検索で来られていますが、実は先般(2017年2月3日くらい)のgoogleの検索アルゴリズムのアップデート以降、1日のアクセス数が500~1,000人くらい減りました。。ガーン。

主要な記事の検索順位自体に大きな変動はなく、その他の細々とアクセスが続いていた記事のアクセスがばっさりなくなったようです。(これはまた別の記事で考えます。)

アクセス数にこだわるつもりはないのですが、既存のアクセスがガクッと落ちるとなんとなくセンチメンタルな気持ちになります。検索流入は本当にミズモノだということを実感しました。

こうしたことからもgoogleが評価しているのも「記事数」ではなく、「記事の質、こだわり」なのだということが分かるような気がします。

じゃあ、なんで記事を書くのか。

このようにネット上の情報発信は、アクセスも乱高下してそわそわするし、辛いことを言われる機会も増えるのに、なぜブログを書くのか。

ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が面白いことをおっしゃっていました。

自分と価値観が違うだけで「敵」と見なす人たちによって生まれる炎上は、どんなに自分の発信に気を配っていても防げない。じゃあ、炎上に遭わないためにはどうすればいいか。極論を言えば、そもそも「一般の人がわざわざネットで発信する」必要なんてない、ということに尽きます。

自分の活動を宣伝したい著名人やフリーランス以外の人にとって、いまやネット発信は、デメリットの方が大きくなっている。不特定多数とのコミュニケーションに時間を割く暇があったら、家族や友人とコミュニケーションをとる方が余程有意義だし、精神的にも健康でいられます。みんながリスクを冒してネット発信する必要なんて、じつはないんですよ。

引用元:絶えない「ネット炎上」どう向き合うか – Yahoo!ニュース

なるほど。確かにその通りです。名声と人気を手に入れたい人以外は炎上するリスクをとってまで情報発信をする必要がないのかもしれない。

それでも、何かを発信したいという想いがあるのは、やっぱり自分がいいなと感じたことや困ったことを他の人に共有したいからです。

もちろん人気が出たらいいなという下心がないわけではないし、自分のなけなしの教養や経験をオープンにすることでしか、個人として社会に貢献する手段が今のところないという話でもあるけれど、

私はそうしたたくさんのブログ記事に助けられてきたし、ある意味恩返しみたいな気持ちでやっています。

匿名の人々の「正義感」の監視の中で、前述のような鉄人ブロガー達以外は、ありのままの個人的意見を書きにくくなったのかもしれないけれど、便利で役立つ情報があふれるインターネット社会は、多くの個人の経験や知識が発信されることによって成立しています。

そこは本来、人々の善意にあふれている世界のはず。だから、特定の専門家ではなくとも、人をワクワクさせる楽しい記事は誰でも世に発信することが出来るんじゃないかと思います。

そういう前向きな気持ちでこれからも記事を書いていきたいし、読んでいきたい。

度々アクセス数とか邪な気持ちに襲われて大失敗することもあるけれど、そういう純粋な想いでブログを運営したいなあと考える次第です。

最後に!!

以上、300記事書いた感想などについて書いてみました。

簡単に言えば、300記事書く中で失敗したり、後悔したりすることもあるけど、その中の数記事がきっと何人かの人には役立っていて、少しでも幸せになってくれればそれでいいのではないかということ。

ただアクセス数を目的にするのではなく、「誰かに役立つ」という思いで記事を書いていけば、少しは報われるのではないでしょうか。

記事数ってある意味ドラクエのレベル上げみたいで分かりやすいし、コツコツ積み重ねるのが楽しい部分もあるしね。

ちなみに300記事書くのは上記のように大変だったけれども、良かった点もたくさんありました。

まずはアクセス数が一時期より減ったとはいえ、いまだ安定してたくさんのアクセスがあるということ。

世界のだれかが求めている記事をコツコツと継続して書いていけば、おそらくこれからもたくさんの人に記事を見てもらえるという希望が持てます。

また、ネットの世界に身をさらすことで、今のネットの構造が漠然と分かったことも良かったです。

リスク管理という意味では、実はあまり注目を浴びずにほそぼそと運営していく方がリスク低いのかも。

…とアクセスの落ち込みを前向きにとらえつつ、地に足着いた運営をこれからも続けていければと考えております。


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鷹h氏 (@noaru_takahshi) の戯言

鷹h氏
500記事書いたらもう少し感慨深いかもしれない。。。

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