【感想】『日本の家 1945年以降の建築と暮らし展@MOMAT』戦後独自の発展を遂げた住宅作品の系譜を探る。

やあやあ、能ある鷹h氏(@noaru_takahshi)だよ。

東京国立近代美術館(MOMAT)にて、7月19日〜10月29日まで開催中の展覧会「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」に行ってきました。

本展は日本の建築家56組による75件の住宅建築を、400点を超える模型、図面、写真、映像などを通して紹介するかなり大規模な展覧会です。

2016年秋からローマ、ロンドンを巡回しており、東京での開催は3会場目となります。

特徴は、戦後から現代まで日本で発表されてきた住宅作品を単に時系列で並べるわけではなくテーマに沿って分類されていること。

その住宅が生まれた時代性や社会性、立地環境や人と人とのつながりなど様々な視点から検証がなされ、住宅作品を通して、戦後日本の文化史を見ているような気持ちになります。

今回は、そんな充実の内容であった「日本の家」展について、会場の様子や感想をメモしておこうと思います。



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展覧会の概要

本展のコンセプトは戦後日本の住宅史を一望することですが、 なぜ戦後の日本の家を対象とするのでしょうか。公式サイトによると、

日本の住宅建築におけるターニングポイントは、戦争の終わった1945 年。それまで都市部の人のほとんどは借家に住んでいましたが、一面が焦土と化し、住宅が圧倒的に不足する中、自ら土地を買って持ち家を建てることが、政策により推進されたのです。1950年には建築士法が施行され、多くの個人住宅が「建築家」によって設計されるようになりました。

欧米の多くの国では、建築家の仕事の中心は公共建築なのですが、日本の場合は、一人の建築家が、公共建築も個人住宅も手がけることが相当数あります。建築界で最も栄誉ある賞といわれるプリツカー賞の日本人受賞者が、多数の住宅建築を手がけているというのは、実は結構驚くべきポイントなのです。

なるほど。海外と比べて、日本は不動産の扱い方も、建築家の職域も異なるわけですね。

日本の住宅建築は戦後日本の特異な条件によって成立しているという点を踏まえると、より展覧会が面白くなりそうです。

展覧会の様子

実際に会場の様子をご紹介します。

  1. 日本的なるもの
  2. プロトタイプと大量生産
  3. 土のようなコンクリート
  4. 住宅は芸術である
  5. 閉鎖から開放へ
  6. 遊戯性
  7. 新しい土着:暮らしのエコロジー
  8. 家族を批評する
  9. 脱市場経済
  10. さまざまな軽さ
  11. 感覚的な空間
  12. 町家:まちをつくる家
  13. すきまの再構築

会場デザインはアトリエ・ワン。13のテーマ(系譜)に分けて貴重な資料が展示されています。

写真撮影は途中まで不可。テーマ4以降は撮影・SNS等にアップすることも可能です。

ローマ、ロンドンの巡回を経て、東京会場では新たに清家清設計「斎藤助教授の家」の1/1模型や各住宅作品の施主へのインタビュー映像などが追加されています。

以下、気になった作品を抜粋してご紹介します。

1.日本的なるもの

戦後間もない頃、土地を所有する個人を相手に住宅を設計するという状況に立たされた建築家は、どのように住宅をデザインしたのでしょうか。戦前の借家中心の建築は参考にならず、より時代を遡って貴族の住宅を参照しようとしても規模も条件も違いすぎる。

「日本の家の起源などない」という状況を引き受けた上で、当時の建築家たちがいかに「日本的なるもの」を相対化したのかが理解できます。

丹下健三 《自邸》1953年

例えば、日本建築界の大巨匠である丹下健三の自邸は、ピロティに平家を乗せただけのシンプルな構成です。住宅というより、社寺建築に近い印象を受けます。

ピロティという近代的な手法と、木造平家という日本の伝統の調和、そしてなにより美しいプロポーションが見事です。

2.プロトタイプと大量生産

このブースでは、戦後に起こった住宅のプロトタイプを求める動きと、プロダクト化(工業化)による大量生産の歴史が取り上げられています。

戦後間もなく、池辺陽や増沢洵といった建築家が立体最小限住宅というコンセプトで住宅のプロトタイプを模索しました。

住宅の工業化という視点では、セキスイハイム《M1》、黒川紀章《中銀カプセルタワービル》などが紹介されています。

3.土のようなコンクリート

戦後はコンクリートの技術が進歩し、住宅作品でもRCを使った作品が数多く登場するようになりました。

吉阪隆正《吉阪自邸》1955

コルビジェのアトリエに勤務した経験もある吉阪隆正の自邸。コルビジェが提唱した近代建築の五原則に則り、ピロティと屋上庭園を備えた住宅不足に対する実験的な提案でした。

4.住宅は芸術である

「住宅は芸術である」と提唱した建築家・篠原一男の展示。合理的で画一的な住宅様式が数多く登場する中で、空間の響きが失われてしまったと問題提起しています。

篠原一男《上原通りの家》1976

なんと生活空間に斜めの柱が突き出しています。

この住宅の住まい手が実際にどう受け止めているかが分かるインタビュー映像が放映されています。これまで斜めの柱にぶつかった人はいないそうです。

5.閉鎖から開放へ

1970年初頭から1980年代半ばにかけて、同時代の建築家である伊東豊雄と坂本一成が家の表現を軽やかに展開させていった流れが紹介されています。

坂本一成《坂田山附の家》1978、伊東豊雄《小金井の家》1979

坂本一成《祖師谷の家》1981、伊東豊雄《花小金井の家》1983

こうして併置して展示されると、二人の建築家が相互に意識しあって新しい時代を作り上げている様子が伝わってきます。

6.遊戯性

住宅は常に様式にはまったものではなく、デザインの方法次第で型を崩すこともできます。

山下和正《顔の家》1974

どうです、顔の家。意表を突かれた気がしませんか?これも建築作品としてアリなの?みたいな。

柄沢祐輔《s-house》2013

こちらも住宅と呼べるかどうか怪しいモニュメントですよね。周辺環境に溶け込むどころか、完全に浮いています。

しかし、外見とは裏腹に内部空間は複雑な動線になっており、新しい建築のプロトタイプを提示しようとする意欲作です。

7.新しい土着:暮らしのエコロジー

“生き生きとした空間”は、暮らしと周囲の環境とが調和することによって生まれます。エコロジーとは、単に環境技術が優れているだけでなく、人々の暮らしの中で培われてきた様々な知恵と住宅が調和的な関係にある状態のことを指します。

五十嵐淳《光の短形》2007

北海道札幌市に建つ住宅。上部に行くにつれて幅が広がっていく羽目板が美しいです。“光”が設計のテーマになっており、緩衝空間を通して開口から差し込まれる柔らかい光が住宅の居心地を高めます。

アトリエ・ワン《ポニー・ガーデン》2008

ポニーと共生するための住宅。ポニーの居場所に居候させてもらっているかのような、なんとも慎ましやかな配置計画です。なんと一階部分にはガラスすら入っていません。

手塚建築研究所《屋根の家》2001

屋根の上全面に木デッキが張られ、テーブルや椅子、キッチンが備えつけられています。外での暮らしが楽しめるアイディアがたくさん詰まった名作です。

8.家族を批評する

最近ではシェアハウスやLGBTのための住宅が登場しているように、ひとえに家族といっても、その形態は様々です。ここでは住宅デザインを通じて新しい家族のあり方を世に問う作品が集められています。

菊竹清訓《スカイハウス》1958

斜面地に4本の壁柱によってワンルームが浮かんでいるような外観が特徴的な住宅です。

設計者の菊竹清訓は「変化するもの」と「変化しないもの・変化しにくいもの」とを、はっきりと区別して、「変化するもの」は、必要に応じて、取り替えるという思想<メタボリズム>を提唱した建築家です。

空中に持ち上げられたワンルームを「夫婦の空間」と呼び、家族が増えたら「夫婦の空間」から吊り下げるようにして、子供部屋が設置されます。核家族という近代的な家族観を建築の構成の中で明快に表現しています。

石山修武《世田谷村(自邸)》1997-

平屋の旧母屋に住み続けながら、その真上に新しい家を作る試み。フレームや人工地盤であるプレートは専門家につくってもらい、 そのあとは全部自分で施工します。

ほとんどが未完成。鉄とガラスとアルミといった工業製品で作る日本の民家といった趣です。

アトリエワン《ハウス&アトリエワン》2005

旗竿敷地に建つアトリエ兼自邸。住居とアトリエをできるだけ分けずに成立させるため、下2層をアトリエ、上2層を住居としつつも、階段室だけでもひとつのスキップフロア住宅となるように設計されています。

制約の多い敷地ながら、建築規制、最大ヴォリューム、光の状態、広さ、動線などが見事に解かれている名作です。

9.脱市場経済

「家は買うもの・借りるもの」という認識が強い現代ですが、本来の家のあり方を考えれば、「自分で建てるもの」という回答が出てくるはずです。ここでは市場経済から全く別の論理で住宅を作っている実践が紹介されています。

岡啓輔《蟻鱒鳶ル》2005-

地下1階地上4階(になる予定)の自邸。設計、資材の手配、足場づくり、配筋、型枠、コンクリート打設に至るすべての作業を、設計者本人がほぼひとりで行っています。

現代版ガウディ、一人サグラダ・ファミリアといっても過言ではない作品です。

10.さまざまな軽さ

一言に「軽さ」といっても物理的な軽さだけでなく、軽く見せるという表現上の軽さもあれば、意味としての軽さも存在します。日本の現代建築が西欧の建築に対して持つ強みの一つに、「軽さ」を積極的な価値として見出したことが挙げられます。

島田陽《六甲の住居》2011

見るからに軽そうな建築ですね。

急傾斜地に建っており、1階部分は擁壁によって周囲から視認できないことから、全面ガラス張りの作業場とし、2階はプライベートな室が並ぶクローズドな構成にすることで、遠くの美しい風景を取り込みながら、居住性も確保している住宅になっています。

外との関係性と内部の居住性が見事にマッチした傑作です。

広瀬鎌二《SH-1(自邸)》1953

延床14坪の軽量鉄骨造の平屋建ての住宅。非常にシンプルで軽やかな建築です。

65㎜の華奢なアングル材を柱・母屋に使い、桁には小形のチャンネル材を用いて、レースには直径6㎜の鉄筋を使用しています。

壁が必要な部分には、柱の間にレンガを積んでおり、鉄骨の部材同士の接合は、ガセットプレートではなく、ボルト止めのピン構造としています。

建物のスパン割に、4尺、8尺の寸法を使用することによって、ガラスの規格寸法に収まり、最小限の部材で合理性を追求した経済的な意味でも「軽い」建築です。

11.感覚的な空間

1970年代、伊東豊雄によって「感覚的」としか表現できないような詩的な空間が登場しました。こうした感覚的な空間は、伊東事務所出身の妹島和世や中山英之によって引き継がれ、ポエティックで曖昧だけれども魅力的な建築が登場しています。

伊東豊雄《中野本町の家》1976

洞窟のような家です。外の世界に対してはほとんど開口がなく閉じていて、中庭には大きな開口が空いており、内向きな建築といったイメージが強まります。

天高が連続で変化する内部空間も非常に繊細で、まさに詩的(私的)な建築の代表と言えます。

中山英之《O邸》2009

鉄骨造2階建てのゆるやかにカーブする母屋と両脇の下家からなる住宅です。正面のファサードは、幅2m、高さ7.1mの1枚ガラスがはめ込まれています。

母屋の外壁は、下家のあるなしにかかわらず、すべて同じ吹き付け仕上げが連続しています。下屋と母屋を行き来する際にこの外壁を通過することで、街と敷地と家の間にある生活に奥行を生み出そうとしています。

12.町家:まちをつくる家

都市には町家という建築様式があり、町家が立ち並ぶことによって調和のとれた街並みが生まれます。建築家はこの町家という形式を再解釈することで、都市部での住宅のあり方を考えようとしています。

安藤忠雄《住吉の長屋》1976

狭い路地に面した長屋が並ぶ地域に、間口2間・奥行き8間のコンクリート住宅を挿入した安藤忠雄氏の代表作です。

四周が壁で囲われており、非常に閉鎖的です。また、真ん中に生活動線を断ち切る中庭を配置したことで、2階寝室からトイレに行くために手摺の無い階段を下りる必要があります。

限られた敷地と予算、建蔽率などの諸条件をクリアしながら通風・採光を確保し、豊かな空間をつくり上げるために本当に必要なものを突き詰めた結果として導き出されたストイックなプランに惚れ惚れします。

13.すきまの再構築

都市部の細分化された土地に必然的に生じる「すきま」。このすきまは一見悪条件として捉えられますが、建築家はこうした条件を肯定的に捉えて、魅力的な環境に生まれ変わらせることができます。

藤本壮介《House NA》2011

直方体がいくつも積み重なったような外観が特徴的な住宅。特筆すべきはほとんどの外装がガラス張りなこと。建物を支える柱と床以外はすべてガラス仕様です。お風呂までスケスケです。

こんな住宅で暮らせるの?と思う人もいると思います。夜になるとカーテンで仕切れるようになっているので、最低限のプライバシーには対応可能です。このおしゃれだけれども開放的すぎる家、これまでの住宅の考え方とは一線を画しています。

その他の展示

展示室の中央部には原寸大模型が設置されており、実際に入ることができます。

清家清《斎藤助教授の家》1952

こちらが実際の住宅の様子。家の一部がキャンティレバー(方持ち梁)になっているのは、傾斜敷地に既存の基礎を用いて建てられているからです。

来場者は靴を脱いで中に入ることも可能。清家清といえば移動畳。可動棚も含めてこの住宅の伸びやかな空間を感じることができます。

裏側は書棚になっていて、展示されている建築家の作品集を閲覧することができます。

津村耕祐《プチプチ・ガーデン》

エントランスロビーでは、梱包材として用いられる「プチプチ」を使ったパーツを繋げて様々なものが工作できる「プチプチ・ガーデン」が設置されていました。ワークショップなども開催される予定だそうです。

展覧会の感想

いやあ、とにかく充実の内容でした。当ブログで紹介した作品はほんの一部でしかありません。残りの作品も含めて是非展覧会にて鑑賞して欲しいと思います。

日本は同じ建築に長く住むというより、まだまだスクラップアンドビルドが主流な文化です。ある時代が終われば、その建築も解体され、別の建物が建ちます。

このサイクルの中で、日本の建築家はその時代の要請に沿った新しい建築を設計し、社会課題を解決に導く回答や新たな生活様式を提案してきました。

戦後から脈々と培われてきた日本の住宅作品を系譜という観点から追っていくことで、例えば「まちや」といった形式を引き継ぐことによって時代によらない建築設計のあり方もあれば、「家族の批評」といったその時代のイデオロギーを真っ向から受け入れる建築設計もありうることがわかります。

日本の家はあくまで個人の持ち物です。施主という個人に寄り添いながら、建築家はどのようなスタンスで作品を発表していくのか、ここが日本特有の条件であり、公共施設中心に設計を行う他の欧米国々の建築家と大きく異なる部分なんじゃないかと感じました。

そして、これからの時代にどのような新しい未来の住宅作品が誕生するかが楽しみでなりません。

最後に!!

個人的には1950〜1960年代くらいの戦後間もない頃の住宅はとてもおおらかで魅力的に感じました。でも現代の地価では平家の住宅なんて建てられないだろうなあ。。

建築に精通している方は知的な切り口で住宅建築を分析する楽しさが味わえますし、建築に興味がない方は純粋にたくさんの魅力的な住宅が観れて満足できる展覧会だと思います。

みなさんもこの夏、「日本の家」展で好きな建築探しをしてみてはいかがでしょうか!

出品建築家一覧
相田武文、青木淳、東孝光、アトリエ・ワン(塚本由晴+貝島桃代)、阿部勤、安藤忠雄、五十嵐淳、生物建築舎(藤野高志)、生田勉、池辺陽、石山修武、伊東豊雄、乾久美子、o+h(大西麻貴+百田有希)、大野勝彦+積水化学工業、岡啓輔、柄沢祐輔、菊竹清訓、岸和郎、隈研吾、黒川紀章、黒沢隆、金野千恵、坂倉準三、坂本一成、篠原一男、篠原聡子、島田陽、白井晟一、清家清、妹島和世、丹下健三、手塚建築研究所(手塚貴晴+手塚由比)、dot architects(家成俊勝+赤代武志)、中川エリカ、中山英之、難波和彦、西沢大良、西沢立衛、西田司、長谷川逸子、長谷川豪、広瀬鎌二、藤井博巳、藤本壮介、藤森照信、前川國男、増沢洵、宮本佳明、無印良品、毛綱毅曠、山下和正、山本理顕、吉阪隆正、吉村順三、アントニン・レーモンド
名称:日本の家 1945年以降の建築と暮らし
会期:2017年7月19日~10月29日
開館時間:10:00-17:00(金・土曜は10:00-21:00)*入館は閉館30分前まで
休館日:月曜(9/18、10/9は開館)、9/19(火)、10/10(火)
観覧料:一般1,200(900)円、大学生800(500)円
会場:東京国立近代美術館1F 企画展ギャラリー
公式サイト:www.momat.go.jp

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鷹h氏 (@noaru_takahshi) の戯言

鷹h氏
建築は諸条件が与えられた中で考えるから、自分だったらどうするかなと考えながら見るのも楽しいと思いますよ!!

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