やあやあ、能ある鷹h氏(@noaru_takahshi)だよ。
なにやら以下の記事をきっかけに「腰巻ビル」のダサさについて、色々と議論が巻き起こっているみたいですね。
こうした建築を「腰巻ビル」と呼称することは初めて知りましたが、私が大学時代の授業でも、建築物の保存、修復の問題はいつも議論されていて、「建築のオーセンティシティ」はどこにあるのかが議論されていたように思えます。
オーセンティシティー【authenticity】
信頼がおけること。確実性。真実性。信憑 (しんぴょう) 性。真正性。
出典:デジタル大辞泉
建築のオーセンティシティとは、その建築が持つ美的価値や歴史的価値のことをいいます。主に歴史的建造物の保存、修復において、その建築の持つカッコよさや美しさ、歴史的な意味をどこまで保つことが出来るかが課題となっているということですね。
例えば姫路城の改修工事では、外壁のしっくいの塗り替えや屋根瓦のふき替え、耐震性を高める補強が行われました。
修理後の姿は「白すぎだろ」とネットで話題となるほどに鮮やかになりましたが、史実に忠実な復元であり、姫路城の場合、建築のオーセンティシティは保存されたということができるでしょう。
ところが上記の「旧・東京中央郵便局」の場合、話は違います。
確かに元の建築物の外観は保存されていますが、中は郵便局ではなくショッピングモールになっているし、建物に高層ビルが突き刺さっているし、全体の計画として見ると全く別モノになっていることが分かるかと思います。
この場合の建築のオーセンティシティはどこまで残されているのかと問われると多くの人から意見が出るのではないでしょうか。
この腰巻ビル、日本ではかなりメジャーな手法です。
元々東京や大阪などの大都市には、明治・大正時代のレトロモダンなビルが多く建っており、レトロ感一杯の街並みを形成していました。
しかしこれらのビルの「老朽化」という大義名分の元、次々と一等地のモダンビル達が超高層ビルに生まれ変わろうとしており、”歴史的建築の保存”と”高層ビルの開発”という二つの要求を満たす画期的な建て替え手法として、「腰巻化」が横行しているのです。
東京で言えば、東京駅を中心にした丸の内に数多くの事例が集中しています。《KITTE》(2013)、《明治生命館》(2004)、《日本工業倶楽部》(2003)、《DNタワー21》(1995)、《銀行倶楽部》(1993)などです。
いずれも共通した特徴があって、レトロビルの一部を残してその上に高層建築を新築するというやり方です。これはひとつの敷地の中で保存と新築を解決してしまおうとする両成敗な特徴を示すものであり、極めて日本的だと思います。
今回はそんな腰巻ビルについての疑問の解決と、腰巻ビルの奥深さについて色々とメモしていきたいと思います!
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なんで腰巻ビルが乱立するのか
腰巻ビル、アイディアとしてはかなり合理的です。
文化的な価値が高い建築物は、好立地の場所に立っていることが多く、土地だけでもかなりの価値を持っています。
そのことに気づいたディベロッパー達はこの土地を有効に使うために超高層ビルを建ててたくさん床を作って貸し出そうとします。
しかし、昔の建物が建っている。昔のビルは床面積が少なくお金儲けがしにくいし、老朽化も激しく保存にもお金がかかるので壊したい。
でも、昔の建物は歴史的・文化的に価値が高いということで住民や学者達はこの建物を保存せえ!と主張している。
じゃあ、低層部分は古い建築物の壁面を残して、その上は現代的な高層ビルにすれば、経済的合理性と文化的建築の保存どちらの要求にもこたえることが出来るじゃないか!
建築保存派と開発推進派のどちらの意見もまとめられるなんて最高なプロジェクトなんだ!!
……ということで多くのディベロッパー達が腰巻ビルの手法を用いて都心部の再開発に勤しんでいるわけですね。
腰巻ビルの何がイケてないのか
じゃあ、なんでこの腰巻ビルが物議を醸しているのか、実はいいとこどりの手法にもデメリットがあるのです。
1.「建築の保存」と呼べるのかどうか怪しい
確かに腰巻ビルの低層部は歴史的な建築物の外観をしていますが、実際の構造は全く異なり、高層ビルと同様の鉄骨だったり、内部はガラスなどを用いて現代風の軽い雰囲気になっている場合も多いです。
表側だけをぺろっと保存して、張りぼてで残すことが本当に建物の「保存・継承」と言えるのかどうか。
見方を変えれば、文化財に敬意を払っていますよ、というポーズだけのやり方とも言えます。
本当に重要な価値があると認識しているのであれば採算度外視で、きちんと保存すればいいですからね。
それぞれのプロジェクトでどこまで元の建物を残すしているかは違いますが、どこまでが「保存」と呼べるのかどうか明確な基準がないため、保存の評価を客観的に出来ないのが現状だと思います。
2.出来た建築がイケてない
これもなかなか根深い問題です。腰巻建築を採用すれば、高層ビルでプロジェクトの採算は合うし、建築物も保存できるかもしれませんが、「カッコ悪い」建築が多いんですよね。
特に高層棟の部分がガラスファサードの現代的で軽やかなデザインに対して、低層棟は石を使った重厚な建築である場合が多く、ちぐはぐな印象を受ける人が多いからかもしれません。
もちろんかっこいいと感じる人もいるかと思いますが、例えば、高層棟と一体化していない東京駅の方が、やっぱり腰巻ビルよりカッコよく見える気がします。
実は腰巻ビルにも色々なバリエーションがある
上記のような批判はありますが、作る側の人々だって様々な工夫を凝らしながらプロジェクトを進めているはず。
ひとえに腰巻ビルといってもかなり復元に近いプロジェクトから、ほぼ新規開発に近いプロジェクトまで様々あります。
私が知っている限りの腰巻建築の中で、カッコ良い建築からダサい建築まで出来るだけ多くのバリエーションの腰巻ビルをタイプ別にご紹介したいと思います!
タイプ1:開発優先でちぐはぐな形に…
このタイプはまさに「ただ二つを並べた」という建築です。感覚的に世の中で一番多いのがこのタイプ。
最新スペックの高層オフィスに、とってつけたような腰巻部分の外観。オフィス新築の企画書を社内会議で通過させるために、無理やりでっち上げたんじゃなかろうかと疑いたくなる出来栄えです。
1.銀行倶楽部(1993)
東京駅の前、大手町にある「銀行倶楽部」ビルは、腰巻ビルの走りと言われます。
ガラス張りの一般的なビルの下層階部分に、もともとあった銀行倶楽部の外壁が巻かれている。。。なんだこれ、普通にカッコ悪いぞ……。
2.日本工業倶楽部(2003)
近代日本を代表する古典建築、「日本工業倶楽部会館」に乗っかっている綺麗なガラスファサード。
銀行倶楽部から10年建っただけあって上の高層ビルのスペックは上がっていそう。でも、低層部との調和を考えているとは全く思えない。。。
3.日本興和馬車道ビル(1989)
丸の内だけじゃなくて、横浜にもあります。腰巻建築。こちらも腰巻建築・黎明期のビルですね。
正面のファサードだけが復元されています。高層階はガラス張り、低層階は重厚な石張り。なんだろうこのちぐはぐ感。。。横浜市の歴史的建造物認定の第1号でもあります。
タイプ2:保存優先で出来るだけ原型をイジらない
タイプ1とは反対に床面積をほとんど増やすことなく、元の形を残すことを優先したプロジェクトです。
保守的な姿勢で好感が持てますが、「腰巻ビル」という枠からは外れるかもしれませんね。
4.中京郵便局(1978年)
外壁を残したままで内部のみを新築する建築手法(ファサード保存)を用いて改修された日本で初めての作品。
1973年(昭和48年)には改築計画が発表され、1974年(昭和49年)に一旦は局舎の取壊しが決定しましたが、反対運動などもあり、この手法を選んだそう。
現在も郵便局として利用されており、昔のものを現代まで残して使い続けるという精神はとても素敵ですね。
5.商船三井ビルディング(2012)
1922(大正11)年に施工した「神戸商船三井ビル」。大正期の大規模オフィスビルとして現存するものは本物件だけなのだそうです。オリジナルの石材を保存活用して改築することで、当時の様子を再現しています。
今なおテナントビルとして使用されているということで、生きた文化遺産として神戸の顔となっている建築です。
タイプ3:二兎追うものは一兎も得ず
6.神戸地裁(1991年)
ええ、なにこの建築。。超ダサいんですケド。。。
wikipedia先生にまで、
ただファサード保存された中途半端な外観は一般市民にはかなり不評のようで、神戸の他の洋風建築のようにモダンな洋風建築と同列に紹介されることはほとんど皆無で、神戸の外国人居留地の洋風建築群や北野町の異人館とは逆に建物自体の知名度は極めて低い。
と書かれる始末。ぬるっとした青いファサード。謎のプロポーション。開発も保存も上手くいってない。中途半端が一番良くないと教えてくれる反面教師の建築です。
タイプ4:ビルを目立たなくして全体の調和を生み出す
黎明期はやっつけ感のあった腰巻ビルですが、最近ではどのように全体のプロジェクトの調和を取るのかがテーマになっています。とはいってもダサいと感じる人はきっと多いんでしょうね。。。
7.GINZA KABUKIZA(2013)
あの隈研吾先生が東京・銀座に設計した5代目歌舞伎座です。
腰巻部分が歌舞伎座になっています。高層棟部分のファサードに細かく縦のラインを入れることで、出来るだけビル部分が目立たないように工夫されています。
きっと近くに寄れば歌舞伎座にしか目がいかないので、洗練された腰巻建築の一つと言えるかもしれません。
8.大阪証券取引所ビル(2004)
1935年に建設された大阪証券取引所ビルの保存・改築。
保存部分と新築部分の切り分け方が丁寧で、高層棟がうまいことセットバックしているので「腰巻き」には見えません。
ビル部分も主張のないシンプルな外観とすることで、低層部分へのリスペクトを感じる建築です。
タイプ5:新旧の対比をあえて強調する
高層棟を目立たなくして調和を取るのではなく、あえて高層棟を強調して、新旧の対比をテーマにした腰巻ビルもあります。
9.海岸ビル(1998年)
引用元:http://blog-imgs-35.fc2.com/t/a/n/tansinawaji/20120407183649fef.jpg
商船三井ビルの西隣にある大正期のビル。もともとは1918年に三井物産神戸支店として建てられ「海岸ビル」と呼ばれていましたが、現在はNOF神戸海岸ビルと呼ばれています。
実はこのビル、阪神淡路大震災で全壊し、幾何学的装飾が施された外壁を撤去して保管した後、同じ場所に新しく再建された高層ビルの低層部に旧外壁を再構築したものです。
高層棟は黒っぽい外観にして、低層部の外壁との対比を強調しています。高層部と低層部の間に少し間を空けているのも好印象ですね。
10.ハーストタワー(2006年)
引用元:http://inhabitat.com/nyc/wp-content/blogs.dir/2/files/2012/03/Hearst-Tower2.jpg
英建築家Norman Fosterによるニューヨークの「Hearst Tower」というプロジェクト。
どうです、この建築、カッコ良くないですか?
アール・デコ様式による低層階部分は、当初高層化される予定でしたが大恐慌により頓挫しており、ニューヨーク市の歴史建造物保存委員会によってランドマークとして登録されている建築でした。
その低層棟に高層棟が増築されたのは2006年。9.11以降でマンハッタン初の高層建築だったそうです。
「懐古と復興」と「過去と未来」という相対する社会的文脈を見事に統合したデザインになっており、数多くの建築賞を受賞しました。高層棟と低層棟で新旧の対比を強調していながら、お互いがバランスを取り合っています。
高層棟部分が「カッコ良い」というのがなによりのポイントのような気もします。
タイプ6:そっと覆いかぶさる
新しく高層棟を建てる時に、低層棟を出来るだけ壊さないように優しく覆いかぶさる方法もあります。
11.東大工学部2号館(2007年)
引用元:https://www.ee.t.u-tokyo.ac.jp/j/img/access_pic_kougaku02.jpg
東大の歴史的な建物である工学部2号館の増築計画です。1924年に建てられた2号館旧館の半分が保存され、その上部にまたがるようにつくられています。
メガストラクチャーで元の建物を見事に回避しています。キャンパス計画上、増築は必要だったものの、昔からある建物をできるだけ残そうとしてこのようになったそうです。
この突飛な発想、嫌いじゃないです。
タイプ7:別々に建てる
低層棟の”上”に高層棟を建てるのではなく、”横”に建てる。これが出来ればジレンマなく開発が進んでいくのかもしれません。
12.三菱一号館(2009年)
引用元:http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-dc-86/uosamu55/folder/969838/26/23239126/img_0
同一敷地に建物の復元と、ビルの新築を行うプロジェクト。
三菱一号館は、日本で最初の近代オフィスビルとして、英建築家ジョサイア・コンドルによって設計され、1894年に竣工しました。1968年に一度解体されましたが、丸の内パークビルディング開発と一緒に2009年に復元されました。
復元だからこそ高層棟と別々に建てることができたということかもしれませんが、同一敷地内で別々に建てることが可能であれば、良い共存関係が生まれるのではないかと感じるプロジェクトです。
タイプ8:実在しないものを復元する
元々存在しなかった古めかしい建物を保存しているかの如く、腰巻建築を作るパターンも近年増加してきました。
13.新丸の内ビルディング
現在建っている丸ビル、新丸ビルは完全な新築ビルです。元々あった丸ビル、新丸ビルは跡形もなく解体されています。しかし、低層部分に古いイメージを付加させているような設計がなされています。
低層部分の高さが、元々丸の内地区にかけられていた30.3mの高さ制限を踏襲しているため、古めかしい印象を受けるのですね。
オーセンティックなものを保存しようとして生まれた腰巻建築という建築タイプが、逆に新築のビルの設計に影響を与える重要なデザインコードになっているということです。
本来オーセンティックではないけれども、歴史的風なものが最も都市を形作るポイントになっているとも言えます。
まちの景観から言えば、建物同士のデザイン要素は似ていた方が統一感のある街並みになるので、こうした流れはある意味で受け入れていくべき手法なのかもしれません。
こうした保存をどのように洗練させていくかが日本の建築設計の新しい課題のひとつではないかと感じます。
最後に!!
以上、色々と腰巻ビルの特徴について考えてみました。
オーセンティックではないものがその土地を形作る当たり前のものになっている現代をどう捉えるかは人それぞれですが、私は「腰巻ビル」肯定派です。
レプリカ≠オーセンティシティ
ただ一つ大事なことは、建築の外観を保存したり、レプリカを復元したりすること自体が、建築のオーセンティシティを保存することにはつながらないということです。
建築の評価はその建築が建てられた社会的情勢とともにあるもの。時代に合っていない歴史の亡霊を召喚しても街のディズニーランド化を引き起こすだけですからね。
でも、伝統建築が現代に合っているのかいないのかの判断は人それぞれ捉え方が異なるのが現実だと思います。
だから、例えば東京の丸の内地区についていえば、
「”オーセンティックな建築”と”オーセンティック風建築”を巧みに配置して丸の内の歴史を踏襲した温故知新の統一感のある街並みを作り出した最高のプロジェクトだ!」と言うことも出来ると思いますし、
「いやいや、見ようによっては丸の内地区ってディズニーランドみたいじゃん?」とも言えると思います。
そういえば三菱地所が開発を進める丸の内地区の反対側、三井不動産の本拠地である日本橋では、「残しながら、蘇らせながら、創っていく」をコンセプトに、官・民・地元一体となって「日本橋再生計画」を推進しています。
このコンセプトはまさに日本橋地区の腰巻ビル化を推進していくことを表明している気がするのですが、この先どのような街並みが形成されていくのか、楽しみな部分でもあります。
これからの都市のオーセンティシティ
文化の継承・保存と叫ぶ人たちと、現実問題的な資本主義の人たちの主張はどちらも正論だと思います。
保存するのか、生まれ変わらせるのか。
全てのステークホルダーを満足させるものは絶対に出来ないのは間違いないけれども、全ての人が妥協して出来た産物は結局どの人の望むものでもなくなるような気がします。
だから、「腰巻ビル=ダサい」という図式なのではなく、「安易な腰巻ビルを許容してしまう日本社会=ダサい」なのかもしれませんね。
個人的には高層棟の部分を意匠的にもうちょっと工夫できれば、見栄えのするプロジェクトになりそうな気がするけれども、コスト的にそうもいかないんでしょうかね。
この問題が議論される場所は、これからの日本を形作る大規模なプロジェクトだと思うので、とにかく多くの人が美しいと思えるような街づくりを進めていってほしいものです。
そもそも腰巻きじゃなくて上までずっと同じスタイルで建てればいいのでは?
ガラスウォールにしないといけない理由があるんですかね?
>名節様
コメントありがとうございます。
もちろん低層部のスタイルがそのまま高層ビルになれば統一感のある素敵なビルになるかと思います。
実際シカゴに建っている「ホーム・インシュランス・ビル」なんかは近代建築の高層ビルですが統一感があってかっこいいです。
ガラスカーテンウォールで高層部分を作る理由としては「コスト」でしょうね。
現在の高層ビルの外装材は、カーテンウォールと呼ばれる、構造上あってもなくても関係ない壁で、低層部の石積みのデザインを模倣して、石のパネルにすることもできなくはないですが、ガラスを使ったほうが断然軽くなるので、それを支える内部の構造体寸法を小さくすることができ、結果としてコスト削減につながります。
低層部を完全に模倣して本当の石積みやレンガ積みの高層ビルを建設することは難しく、「低層部の外観を保存する」というだけでもかなりコストがかかることなので、現実的に採算の合うプロジェクトにしようとすると、結局よくある高層ビルを伝統建築の上に突き刺すだけのデザインを採用するという結論になってしまうのだと思います。。